西暦1984年、昭和59年8月25日第1回サマーカーニバルin清里が開催された。
集落だけの盆踊りにもの足らず、みんなで熱く踊れる、まるでブラジルのリオのカーニバルのよう
な画期的な祭りを当時の若者たちが創造した。大いに盛り上がったその祭りも2000年暮れ実
行委員会は解散の危機に陥った。マンネリ化、人出不足、社会の波原因は様々にあった。がこ
こでこの灯を消していいのか。私たちは自らに問い結論を出した。
2001年夏先輩たちの想いを受け継ぎサマーカーニバルを一新させた。そして、2005年名称を
清里夏祭りに変更し少しずつその持つ意味を変えていった。リオのカーニバルの発想から再び
田舎くさい、温かみある祭りへと。それは、時代の移り変わりでもある。人の心の変化でもある。
そしてまたその清里夏祭りも変わろうとしている。エピソード1からエピソード2そしてエピソード3
へ時代は変わろうとしている。通常祭りは、歴史の重みで動いている。この祭りには歴史がな
い。あるとすれば30年間ずっと清里を愛し続けた来たということだけだ。
その想いと重みこそが我々の誇りとするところである。

  サマーカーニバル2013

清 里 夏 祭 り





 




                                                             





     
    早朝ようやく神輿は完成し             後は坊太郎を待つ龍星丸


   
      当日朝龍人たちが集まる               水面蹴って坊太郎登場


   
       一年ぶりの再会に感無量            命の水求め再び池にこぎ出す


     
     坊ヶ池最深33mの湧き水を汲む     御水をくみ上げみんな笑顔で帰ってきた


   
  水嶋磯部神社神官により水は清められる そしてついに神輿は動き出した


       
  清里夢爽乱+担ぎ手衆でよっちょれ踊る      清里龍神太鼓はこどもたちが主役


       
   青柳を出発今度は中学生が先頭だ          赤池までの道はドラゴンロード


      
        龍神下る               梨平のおもてなしに坊太郎も御満悦



   
       梨平から棚田へ           そして難関の坂をついに制覇し鴬沢到着


      
  お昼は旧櫛池小子供は元気です          恒例稲文字記念記念撮影


   
       東戸野入口集結               坊太郎敬西寺で鐘を撞く


   
   最後の休憩地点東戸野まで来た      先ずは実行委員長率いる夢ソーランからの演舞


   
   小さな龍神たちの太鼓が木霊する      ラストは坊太郎元坊太郎もよっちょれ踊り


   
  荒牧通過ゴールはすぐそこ坊太郎も元気   嶺の園で大きな声援をいただき気持ちは高ぶる


   
 ついに会場入りだみんなの気持ちがひとつになり      ラストの神輿上げでゴールです


  
       坊太郎聖水の儀あいさつ          参加者のみなさんありがとうでした


    
  ステージでは市長さんのご挨拶           風船が夕暮れの空を舞う


    
    上教大のみなさんのストリートダンス         フランダンスの会 ナニマウロア


      
    地元生バンド ベルベットブルー          龍神太鼓が会場を盛り上げる


      
        お楽しみ大花火大会           花火が終わると坊太郎がお別れ挨拶










   
      7月20日坊太郎登場                そしていなくなった


   
       7月27日神輿作製奮闘中            イカダ作製 棟梁は関根さん


   
       お水取り練習中は畑山君        祭り前日中学校グランドは祭り会場へと変身





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